「平泉の文化遺産」の世界遺産登録の可否を審議する国連教育科学文化機関(ユネスコ)世界遺産委員会の開催まで約5カ月に迫った。岩手県や関係市町は、登録推進に向けて構成資産の整備やPRを進めるなど機運の盛り上げをはかっているが、一方で残念な話題もある。中尊寺とともに平泉町の中核施設となっている毛越(もうつう)寺内のユースホステルが3月いっぱいで閉鎖されるのだ。ホテル・旅館の少ない町内で、外国人旅行者などの受け入れ施設となっていただけに、関係者の間では閉館を惜しむ声も多い。(石川裕司)
毛越寺ユースホステル(木造2階建て)は昭和38年に建築され、翌39年から営業を開始した。
当時はまだ、マイカーは普及しておらず、町内の宿泊施設も少なかったため、列車やバスを乗り継いで訪れる観光客、旅行者からは「寺に泊めてほしい」という要望が多かった。
これに対し、毛越寺では庫裏などに泊めていたが、次第に対応し切れなくなったため、国内でも流行だった会員制のユースホステルの開設に踏み切った。
47年には新館(木造2階建て)を増築し、本館・新館合わせて定員8人の洋室6室、同3〜5人の和室8室を整備。JR平泉駅から近く、素泊まり料金が2940円と格安だったこともあり、昭和40年代後半から50年代にかけてのピーク時には年間5000−6000人が利用した。
藤里明久(みょうきゅう)執事長(57)は「ピーク時の夏場には常時、90人以上が宿泊し、ヨーロッパを中心とした外国人も多かった...
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(引用 yahooニュース)
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当時はまだ、マイカーは普及しておらず、町内の宿泊施設も少なかったため、列車やバスを乗り継いで訪れる観光客、旅行者からは「寺に泊めてほしい」という要望が多かった。
これに対し、毛越寺では庫裏などに泊めていたが、次第に対応し切れなくなったため、国内でも流行だった会員制のユースホステルの開設に踏み切った。
47年には新館(木造2階建て)を増築し、本館・新館合わせて定員8人の洋室6室、同3〜5人の和室8室を整備。JR平泉駅から近く、素泊まり料金が2940円と格安だったこともあり、昭和40年代後半から50年代にかけてのピーク時には年間5000−6000人が利用した。
藤里明久(みょうきゅう)執事長(57)は「ピーク時の夏場には常時、90人以上が宿泊し、ヨーロッパを中心とした外国人も多かった...
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